M E N U

ドスンパンチ内閣やら日航機墜落事故やら

あまり深刻に考へないやうにしてるんだけど

ドスンパンチが首相になつても
また色々出てきますね。

既にもう出てるけど。


解散総選挙は
被災地的に
かつ現実的に
無理なんか何なのか
もうわかんなくなつちやつたけど
(一票の格差については
この間違憲判決が
出てなかつたつけ)
(ついでに中選挙区に戻したい)

また当分
ニュース番組やら
討論番組などで
与党民主党議員の

言ひ訳

が延々と流される日々が
続くのかと思ふと
嘆息しきりである。


いい加減
マトモな日本語を話せる
または
キレイな日本語を話せる
または
もうちよつとは格調の高い日本語を話せる
与党議員が
みたいんだが。

…………………………………………

久々に
2chをチラ見して
「御巣鷹山 東電」
で検索してみたけど

東電のことよりも
以前から
調べてみてゐた

日本航空123便墜落事故 - Wikipedia

の方が
つい気になつて
また見てしまつた。

未だにといふより
前より増加してゐる気がする
中性子爆弾ネタですが
一番のネタ元は
やはりお馴染みの
ここなのでせうか・・・。

ものすごいコヂツケといふか
そもそも
この画像から
何を判れとwww
日航機墜落事故 日航ジャンボ機御巣鷹山墜落の真相 天命の陳情

不謹慎ながら
TOP画像からして
不気味面白いんですけど。

(とフザケてはゐますが
この事故を知つて以来
飛行機が飛んでゐるのを
見ると必ず思ひ出して
心の中で
犠牲者のご冥福を祈りつつ
飛行機と
クルーと乗客の
安全を祈るやうに
なつてしまつた私ではある。)
閑話休題。

関連site。

123便 メモ

JL123便は、中性子爆弾(放射線強化型水素爆弾)ミサイルを被弾し、広島、長崎、第五福竜丸と実験体にされた御巣鷹 救国の草莽の志士

**************** - HDD

ここ
他の話題でも
他者に論破されてゐたりするんだけどwww
まだ続けてたんだ・・・。
世界の真実の姿を求めて! JAL123便航空機事故には中性子爆弾が使われた。

ベンジャミンである。
今現在の自衛隊員を
みれば
(震災の一連の作業後の
「心のケア」が必要とか)
それはちよつと
ある意味買被り過ぎなのでは。
日航ジャンボ123便 生存者は自衛隊員がアーミーナイフで殺害していた - 生きる意味? 考えよう - Yahoo!ブログ

似非ascension系。
日航123便 - ~ この世・あの世を知る ~

おかしな世の中 中性子爆弾と日航ジャンボ機123便

1.世界で始めて○○○爆弾が使われた例として123便は公にされるべきです|wantonのブログ

非常に騒がしいLINK集www
日本航空123便ジャンボジェット墜落事故の真実を求めて(御巣鷹山、日航機墜落の真相)

…………………………………………

「日航機墜落事故 中性子爆弾!?」 - Yahoo!知恵袋

日航機墜落事故、接触・誤射・撃墜説の噂を検証2

…………………………………………

他にもあるけど
落ち着いて読める
無難なsite。

日航機墜落事故・余談 - 軍事評論家=佐藤守のブログ日記


オーストラリアである。

日本航空JALジャンボ123便機墜落事故、総マトメ

出雲の元地方議員さんなのかな。
高濱機長(海上自衛隊出身)の逸話も印象深かつたです。
日航ジャンボ機墜落事故関連リンク集

日航機墜落事故 東京-大阪123便 新聞見出しに見る25年間の記録

消された真実~JAL123墜落事故 /携帯ホームページ作成 ecaco

御巣鷹山航空機墜落事故 「遺体の身元を追って」 大量検視の教訓

日航機事故 「いのち」のゆくえ、関連書

asahi.com:日航機事故から手法確立-マイタウン群馬

資料展示 日航機墜落事故から20年 | 群馬県立図書館

合掌。

…………………………………………

割愛させて頂きましたが
JALの労組による
資料も参考になりました。

この事件についての
書籍はまだですが
Web上で読める
資料は
結構読んだのですが
(当時の
自衛隊員の様子を描いた
結構リアルな漫画もある)
総合して
冷静に
考へると
中性子爆弾は
どどど
どうかな~。

(オカルト×陰謀論×レフトウィングの
コングロマリットといふやつですか。)


せめて
科学と医学と軍事の
専門家の分析がないと。

…………………………………………

事故当時の教訓が
(海外でも)
いかされてゐるのは
検視だけではないのですが
とりあへず。

被災地へ―日航機墜落で検視の歯科医|歯科医院情報発信ブログ Dental-Connect2
escala cafe | 最新ニュース
遺体に向かう気持ちは同じ=診療キャンセル、被災地へ―日航機墜落で検視の歯科医

 1985年8月の日航ジャンボ機墜落事故で検視作業に携わった歯科医丸茂忠英さん(61)=群馬県高崎市=は5月、東日本大震災の身元不明者の歯型確認のため宮城県に赴いた。26年前と重なる「大量検視」の現場。「事故と震災で状況は違うが、ご遺体に向かう気持ちは同じだった」と振り返る。
 警察庁から群馬県歯科医師会に派遣要請が来た5月上旬、丸茂さんは診療所の予約を全てキャンセルし、被災地入りを志願。「自分は御巣鷹経験者。どうしても行かなければと思った」。同月中旬、宮城県内4カ所の検視会場で12遺体と向き合った。歯の特徴をデンタルチャートと呼ばれる用紙に記録し、生前の資料と照合する基本動作は26年前と同じ。だが、カルテが流されて確認できないなど津波被害特有の苦難にも直面した。
 日航機が群馬県上野村の「御巣鷹の尾根」に墜落した5日後、検視会場の藤岡市民体育館に入った。シートベルトで腹部が切断された遺体、炭化した手足の一部。気温40度、線香の煙と腐臭が入り交じる中、何百人もの警察官、医師、看護師が遺体と向き合っていた。「この世のものじゃない」。35歳で駆け出しの開業医だった丸茂さんにとって初めての検視現場だった。
 「一刻も早く家族の元に返してあげたい」。口の中の泥をかき出し、手掛かりとなる歯を探し出す。脊髄までめりこんだ歯は墜落の衝撃を物語っていた。横の遺体安置所ではひつぎにすがり泣き叫ぶ遺族の姿。「言葉が出なかった」。丸茂さんは母校神奈川歯科大で法医学を学び直し、事故翌年、検視に立ち会う警察医になった。
 事故発生から12日で26年。丸茂さんは「われわれも世代交代の時期。事故の教訓を語り継ぎ風化させないことが、一瞬にして命を奪われた人への鎮魂」。涙を拭いながら語った。 (了)
[時事通信社] [2011年8月11日15時39分]

…………………………………………

ご遺体の身元確認作業への派遣状況(平成23年7月末派遣終了)|身元確認活動のご案内|東日本大震災に係るご案内|お知らせ|歯とお口のホームページ 社団法人日本歯科医師会

…………………………………………

templateを
かまひ過ぎて
私も文章が
適当になつてをりますが
このへんで。

再合掌。
関連記事

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。